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会長挨拶

2011年を振り返って

横浜山岳協会
会長 石井 清一

石井 清一会長

    各会、会員におかれましては、新年度の計画・立案中の事とお察しいたします。


    横浜山岳協会においても2012年の市民向け登山の年間プランがまとまり、4月開催分の募集が始まります。協会の新年度の方針・施策は総会に向けて検討中ですので、紹介は総会後にするとし、まだ1ヶ月ありますが激動の2011年を振り返ってみたいと思います。


    激動の原因は3月11日の地震・津波そして原発トラブルと秋の台風さらにタイの洪水にあります。震源地に近い東北地方のみならず、全国、いや世界にも直接・間接的に多大な影響を与えました。


    被災の様子はTVに写し出され、自然の猛威は人知の思惑をあざ笑う程の凄さでした。


    被災地への支援の輪が広まると同時に、自粛ムード・風評被害も蔓延しました。


    協会としても総会を1ヶ月ずらすと共に神奈川県岳連と横浜市体育協会経由で義援金を送りましたが、和田顧問の日赤本社及び現地本部での長期かつ数度の活動には頭が下がるものがありました。


    自粛ムードは文化活動や運動関連に及び、登山自粛の看板が渋沢駅に立ち、山開きは中止、山開きの秦野隊員を募集した4月の市民ハイクも中止になりました。


    続く6月の市民ハイク(編笠山・権現岳)は最少人数ギリギリの実施でなんとか三連続の中止を避けられましたが、後日、下山時に転びそうになって手を着いた際、小指を突き指したらしく痛いので医者に行くとの連絡があり、保険手続きの連絡を行いました。


    山岳映画会は計画停電を避けて開催を日曜日に変更しました。


    昨年、市体育協会の情報誌の連載企画として行った富士登山の受け皿として、エンジョイスポーツ登山教室の実技会場を富士山として計画・募集しましたが、予想外に応募者が少なく、本来なら中止するところエンジョイスポーツ事業なので、ツアー登山に便乗するかたちで実施しました。当日、富士山に登る登山者が多くて渋滞し、頂上での御来光は見られませんでしたが、雲海から昇る太陽そして下山後のツアーセットの温泉は喜ばれました。


    夏の北穂高岳も参加者が少なく、会員バスを使って行いました。山登り来たのか危ぶむ参加者もいてなんとか無事終わったと安心していたところ、胸の痛みが取れないので医者に行ったら、肋骨にひびが入っていたとのメールが入った。アタックの帰りによろけて胸が岩に接触した時ではないかと思うとの事でした。


    秋の日光白根山・男体山はコースが長く、日没も早いので、登る順番と男体山のコースを表参道から志津小屋経由の裏参道に変更しました。急遽再下見を実施し、登山道が荒れていたので、本番の時には、固定ロープを使って下山する事を想定したロープワーク(もやい結びとプージック)をバスの中で練習してもらったが、天候も回復し、持参したスコップで作った足場を使って下りて頂いた。


    会員向け行事として毎年クライミングコンペを初秋に開催していますが、今年の参加は4団体25名と少なく、これにも自粛ムードの影響でしょうか?


    昨年より、市民ハイクにて小さな事故が続いています。どれも下山時の傾斜の緩んだ所との共通項はあるが、参加者の気の緩み度合いを推し量るのは難しいものがあります。今年の理事会では、市民ハイクで大きな事故を起こさない様に安全指針の策定を進めています。


    理事間の親交を深めるべく、二次会の中華料理店(珍来)でのノミニケーションではなく、親睦山行の提案は過去にもありましたが、代表者会議で景信山の餅つき山行が提案され、協会会員にも参加を呼びかけて実施する事になりました。今後第二の定例行事となって行く事を望みます。

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