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協会からのお知らせ

山岳協会顧問、左澤重明様が 平成28年8月14日に永眠されました。

左澤様の経歴、実績、功績を紹介させていただきお別れの言葉としたいと思います。
左澤様は昭和3年川崎市のお生まれです。川崎中学(旧制)卒業、群馬大学工学部卒業(旧制)されました。市立富士見中学教諭を経て家業の食品会社を継がれました。
家業の傍ら、昭和29年に川崎ヨチヨチ山岳会(現在の名称)を創立されました。創立と同時に川崎市山岳協会(現在の名称)に加盟しました。
以来、山岳協会の活動に積極的に関わり、運営面、普及面、後進の指導等で山岳協会の発展にご尽力されました。理事長、副会長を歴任され、協会顧問として高所よりご指導頂きました。
その間、神奈川県山岳連盟、日本山岳協会の役職を兼任され、主に広報の編集を担当しご活躍されました。
山岳協会理事長を退任されてからは、川崎市体育協会(現(公財)川崎市スポーツ協会)の役員として、市民スポーツの振興にご尽力されました。
山岳協会では、市民登山の立ち上げに関わり、安全登山の啓発、普及に力を注がれ、今日の市民登山の基礎を築いていただきました。
更に普及活動として、市民登山参加者を中心にした市民ハイキングクラブを市内各区に立ち上げ組織し、その指導と育成に努力されました。
多くのクラブは今日まで継続し、左澤様の意志を次いだ多くの方々が指導者として活躍されております。
市内各区で主催する成人学校の講師として登山の基礎、安全登山の啓発、実際の登山、読図、気象、運動生理学、救急法に及ぶ講習会を主宰して、多数の市民が登山に興味を示し登山を始める手助けをされました。
日本赤十字社の救急法上級指導員資格を取得され、市内及び県内各地に出向かれ、学校等で救急法の講習会を開催し、主任講師として多数の有資格者を育てられました。
更に、市民スポーツ大会には救急法の指導者として中心的存在で参加されました。川崎救護クラブは左澤様の呼びかけで立ち上げたクラブです。
後進の指導、育成に心血をそそがれました。その意志は今日まで受け継がれ多くの方が活躍されております。
多趣味の方でしたが、近所の方々をご自宅に招いて書道教室を開き、生徒さんでにぎわっておりました。
また、絵画とクラッシック音楽をこよなく愛し、レコードはたくさんお持ちでした。お酒もたしなまれ、特にウィスキーのロックを好まれお伺いするたびにお付き合いし、おいしそうに呑まれていたことを思い出します。
川崎市山岳協会の事、登山界の将来など話が尽きなく、お休みになられるのを邪魔してしまいご迷惑をお掛けしたこが度々ありました。

87年の生涯にご指導いただいたのは、左澤様が現役を退き、山岳会のことは後進に譲った頃からです。
山岳協会理事長、神奈川山岳連盟、日本山岳協会役員として上部団体の活動に東奔西走されていました。
時折ご自宅に伺うと、後に協会の指導的立場になられた方々が集まり、協会活動の打ち合わせをしていたことを思い出します。
奥様が何彼となくお世話されていました。家事、仕事の事、協会の事、山岳会の事等、留守をする事の多いい左澤様に変わり切り盛りされておりました。大変お世話になった事をご報告させていただきます。
左澤様との山行は市民登山、成人学校のお手伝いでお供をしたことが多く、その後の登山に影響を受けました。
自身の登山だけでなく指導することの難しさ、大切さなどを教えていただきました。 駆け出しの私には雲の上の存在でしたが、会名の由来の意味が少しだけわかったような気がします。
特に、計画、準備、報告を重視し書くことを大切にされておりました。和を重んじ脱落者を出さないようにご指導され、厳しさ、優しさと包容力を感じました。
登山界でも上下関係の雰囲気が色濃く残っていた時代に、民主的な運営を心掛けた指導をしていただきました。
登山を文化として捉え、多様な価値観を持ち合わせ、何事にも真摯に向き合い登山を通じて生き方、学ぶことの大切さを教えていただきました。
近年は、左澤様が活躍した時代とは違い、登山活動をするには社会的制約が多く難しい世の中になりました。
比較して若者が自由に登山活動を行うには窮屈な時代です。難しい時代ですが、左澤様世代が持ち合わせ示された気概、向上心などを学び、今を生きる者として少しでも近づき継承できればと思います。
登山界にもスポーツクライミングのオリンピック競技種目採用など新風が吹いています。如何に向き合うか課題はあります。登山の本質を見失うことなく理解し受け入れ、共に発展できるよう乗り越えなければと思います。
左澤様は戦後草創期、隆盛期にご活躍され、昭和から平成と逞しく真摯に生きてきました。
功績は多岐にわたり、指導者として非凡な才能を発揮されました。今後はご遺志を理解し、少しでも近づければと思います。
生前、ご厚情、ご指導を頂きました皆様、親交のあった多くの皆様に感謝申し上げます。
心よりご冥福をお祈りいたします。

   

齋藤 正

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